碑 文
 「栗橋町に於ける神道無念流の歴史」
    
 
栗橋町近郷に剣道が普及発展したのは、当地松永の神道無
念流川島剣道場の功績によるものである。川島家の遠祖は今
の福井県鯖江市大字川島の領主河島左近蔵人源惟頼と云い吉
野朝の為新田義貞と行を共にした由緒ある家柄である二代目
兵庫義政が難を逃れ、今の埼玉県栗橋町伊坂に身を潜め河島
姓を川島と改め農を営みつつ再興を計った。
 十一代兵庫義方から今の松永の地に移り代々名主総代を勤
めた。十九代玄番義時に至って神道無念流宗家戸賀崎家剣一
世知道軒の門に入り剣を修めた。二十代喜平義房は知道軒に
学び二十一代九左衛門受武は二十二代伝蔵義光と共に剣二世
有道軒に入門し印可を受けた。二十三代九左衛門受房は実業
界に活躍し三十一ヶ村の総名主となり剣は二十四代松三郎義
頼と共に剣三世喜道軒について神道無念流を修めた。
二十五代兵庫政剛は剣四世尚道軒に入門し、明治十年江戸よ
り松永に帰るや、邸内に川島道場を設けて門弟の育成に当る
かたわら私財を投じて道路、学校を造り土地改良、治山治水
に努め二十六年の間村長として村の為貢献した。書は山岡鉄
舟に師事し剣帯子の号をうく。
昭和十八年九十一才で没した。兵庫の長男 猛男は剣道七
段教士、埼玉県巡査教習所の教官として二十一年間精勤し昭
和三十五年七十五才で没した。
 猛男亡きあと高弟鈴木徳治が修心館道場を設けて川島剣道
場の流れを受け継ぐ。ついで、四十九年より栗橋雄武館道場
が開場され松本操を会長に野村俊春を主席師範とし会員百五
十余名を擁して神道無念流を受継ぎ奉仕の精神を以って館員一
同青少年の健全なる育成と正しい剣道の普及に尽瘁している。
 雄武館道場創立七周年記念に際して先哲の遺徳と功績を郷
士の誇りとして永遠に留めるべくこの碑を建立する。

撰文
   雄武館道場
   会長  松本 操
   埼玉大学名誉教授
       志藤 義孝
   浦和高等学校元教諭
       林   蔵人

昭和五十六年十一月十五日 建立
    全日本剣道連盟  雄武館道場

原石提供 
      南会津伊南村武道館長 佐野 正三氏
彫刻
      不動岡高校美術教諭  中島 睦雄氏
碑作成
      酒井石材店      酒井 勲氏